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ブログをこちらへ引越ししてきました。 教育現場で感じたり思ったこと、 ニュースに対する考えなどを書き綴っていきます。 当面は、過去のものをアップしていきますが、 随時、書いていきたいと思います。 どうぞよろしくお願いします♪
絵を描くことが大好きです。図画・工作の授業は、こちらが楽しんだ感じです。 学年・学級通信の挿絵も自分で描いた物を使っていました。制服や体操服など、学校に合わせた絵になるので、保護者は勿論、おじいちゃん、おばあちゃんまで読んでくれます♪ イラストACさんで、無料でダウンロードできますので、印刷物を作るときには使ってみてくださいね☆

このサイトは、学年・学級通信や掲示物を作るのに便利なイラスト集です。 版権フリーの無料ダウンロードなので、重宝しますよ♪ 私の絵も「たんぱく」というPNでアップしてます。良かったら使ってみてください。


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2017年3月26日 (日)

頼むぜ、おい。

 学校の先生は、ただ授業をしていればいいというわけではありません。

小学校ならば45分間、中高ならば50分間、
1つの「めあて」を立てて行う必要があるのです。
この時間で子ども達に分かってほしいこと、身につけてほしいこと、
気付いてほしいことを明確にして臨みます。

 さぁ、平成29年度。

研究授業を行う学校の先生方。
ほとんどの先生が、該当する学年或いは教科を担いたくないと
思っていらっしゃるのではないでしょうか。

 研究授業というのは、
その学級の子ども達に相応しい学習の流れと言いましょうか、
子どもの反応を予め予想して、その反応に対してどのような助言をするか、
どのように導いていくかということを考えた、
フローチャートみたいなものと言えましょう。
計画的に、教師の意図する結論に導いていくという感じです。
そのために「学習指導案」、いわゆる計画書を用意しなければなりません。
この用意が教師にとって苦痛なのです。
本当のことを言えば、毎時間それを書く必要があるのですが、
現実としてそれは難しいですよね。
だって、1つの指導案を書き上げるのに何時間も要し、
年間約200時間以上分の指導案を書き上げる時間なんてありませんからね。

 全国・地方・都道府県規模の研究授業を任されたならば、
2~3学期に実施する学習なのに、1学期からその学習指導案を書き、
教職員全員で、あ~だこ~だと喧々囂々、検討会を行うわけです。

それを元に書き直し、先生達が子供役をして模擬授業!
その結果を元に、更に書き直しするわけです。

 そんな過程を通常の仕事をしながら行うわけですよ。

その上に研究授業をすることになった先生は、
貧乏くじを引いてしまったと思うしかありません。
だって、ソレをしたからと言って何の手当が付く訳でもないし。

 ただ。

研究授業をすることにおいて、
自分の実力アップに繋がるとプラスに考えるか、
給与は変わらないのに仕事量が増えただけと、マイナスに考えるか。


 私の場合ですけど、求められたら受ければいいと思っています。

私は、県代表で体育の研究授業を公開しましたし、
地域ブロック代表で国語の研究授業を公開しました。また、人権教育も。

 本音としては、私ごときの授業でいいんだな?!!マジか?!
だったら、構いませんよ…というスタイルでしたね。

 みんなが面倒と思うことを率先して引き受ける…。

これは、どんな職業でも、信頼を勝ち取るためには必要なことではないでしょうか。

正直なところ。
公立学校の先生って、適当に流していても安定した収入を得られる職業です。
そう簡単にクビにならないし。

民間企業側から言わせてもらえば、先生方。
もっともっと、授業の展開の研究に積極的になって欲しいものです。

2017年3月25日 (土)

先生の春休み

 さぁ、先生に春休みがやってきました!
でも、喜んでなんていられません。

新聞にも先生の異動が発表されました。
春・夏・冬休みの中で、一番休めない休みだからです。

 転勤する先生は、急いで指導要録を書いて、
教室と職員室の自分の席を掃除して、次の学校の引継ぎをする、
地域を回ってのあいさつ回り。次の学校の地域でのあいさつ回り。
任されたクラスの学級開きの準備などに勤しみます。

 留任の先生も、同じように指導要録を書いて、
教室と職員室の自分の席を掃除して、次の先生に引継ぎをする、
任されたクラスの学級開きの準備などにてんてこ舞い。
入学式の準備も並行して行いますね。

 忙しいのです。とにかく色々と。

特に、新1年生の担任になった先生の忙しさといったらもぉ…!
さらに転任先でいきなり1年担任になったら…あぁ…(TT)

って(w


 がんばれ、先生。
でもさ、いくら忙しくても、新たな出会いにどこかワクワクしません?

この次期独特の楽しみなんですよね~。

2017年3月24日 (金)

道徳は評価できません。

■「心の評価」悩む学校=教師「基準なく難しい」―通知表記述で忙殺も・道徳教科化 
(時事通信社 - 03月24日 16:01) 
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=4493355 

 ついに来ましたね。このときが。

道徳が教科化されるときが。 分かってたけど。

教科となれば、 
当然、生徒児童にの通知票あるいは、指導要録に 
ちっきりと表記されることになります。 
総合的な学習の時間と同様、 
出来るようになったことや努力したことを 
数行で記入することになるのでしょう。 

ここで現場が疑問視するのは、 
考えが多様化するこの時代、児童生徒の心をどのように評価すべきかということ。 
つまり、わたし(教師)が基準でいいのでしょうか?!ってこと。 
基準が無いわけではないのよ!!? 

小3の国語で「みんなちがってみんないい」と賞賛している一方で。 
基準があるなんて…ねぇ…。 

ただ、「日本人としての礼儀や思いやりの心」などは、 
評価「基」準として採用するべきでしょう。 

例えば、 
   困っている友達がいたら、優しく声を掛けてあげたり協力してあげたりする 
  考えを持っていればいい(仲よし、助け合い)。 
   野球の試合でエラーをしても、腐らずに、しっかりと目標に向かって 
  練習する態度を持っていればいい(節度・節制・自立)(希望・勇気)。 
   明るく元気に挨拶ができる(礼儀)。 
などなど。基にするべき考えは必要です。 
学習指導要領にも、「日本人として」という表記がありますし、 
今後も、安全で平和な日本生活・文化を築いていくためには当然だと思います。 

 道徳の時間は、ハッピーマンデー制度が出来たときから、 
月曜日を避けて設定するようにと、文科省から各学校に通達がありました。 
きっちり、年間35週、確実に35時間授業を行えるようにするためです。 
今やほとんどの学校、学級でなされているはずです。 

 その35時間で、子どもの心や価値観を評価できますか? 
甚だ疑問です。道徳の授業で指導したことが身についているかだなんて。 

 心は、時間をかけてじっくりと育つもの。 
 価値観は子どもの成長段階で徐々に変化していくもの。 

文部科学省の役人共は、そこを理解できているのでしょうか。 

 教科化されるのならば、今までに所見として記述していたことが 
道徳の評価になってしまうのですから、 
所見欄は削除してもいいのかもしれませんね。それでプラマイゼロだ♪ 

 ココだけの話、私が現役の頃は、35時間を超えていました。 
社会に出て、人として最低限心掛けて欲しいことを伝えたかったから。 

 ①会釈の重要性。 
  目上の人の前を通る時は、頭を下げよう。 
  簡単なこの行為だけで、相手は気持ちよくなる。 
  レジでお釣りを渡されてちょっと頭を下げるだけで、 
  店員さんもモチベーションアップです。 
 ②箸の持ち方、椀を持って食事をすること。 
  命を頂いていることに対する、動植物への畏敬の念を持って欲しい。 
  食事の仕方で人の全てが分かります。いくらイケメンでも、 
  肘つきで食ってる姿を見ると、幻滅しますよね。 
 ③第三者へ迷惑を掛けないこと。 
  ごみのポイ捨て。誰かが片付けなければならない。目に見えなくとも、 
  誰かがその始末をしているということを認識して欲しい。 
  バレてる、バレてないなんて考えないで、正しいことをしましょう。 

な~んて、普段ならば、学級活動の時間で教えるべきことだけれども、 
道徳として、心の学習として行ってました。 

 教え子達…道徳の学習は活きているのかなぁ☆いや、活かしていてくれ!!

2017年3月23日 (木)

これは重大な問題ですなぁ。

お友達が発達障害だったら?子どもに教えておきたい、”発達障害”のとらえ方と接し方 
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=132&from=diary&id=4490849 

 発達障害には色々なパターンがあります。 
注意欠陥・多動・自閉・アスペルガー・学習障害…などなど。 
いづれの障害にしても、その子にしてみれば、自分は自分でしかないということです。 

一昔前ならば、 
「この子の親の顔が見たいわ!」とレッテルを貼られる子どものことですね。 
最近では、色々と教育現場の事情がありまして、 
医者も面倒だから「広汎性発達障害」と書いておけばいいだろうというだけで、 
診断を下してしまうわけです。 
広汎性ですから、すっごく広い定義で曖昧で…とりあえず発達障害がありますよという意味。 
結構いい加減ですね。医者なのに。高給のくせに(w 

 この記事の話題は主に注意欠陥・多動、所謂、ADHDというヤツです。 
学校で言えば、情緒の特別支援学級に属す子ども。 

書く文字がすごく雑だったり、文字の書き順はバラバラ。 
視覚に入るものに引き寄せられるように、授業中に立ち歩く。 
友達の遊びに割り込んで、自分のルールで遊んでしまう。 
ちょっとしたことで感情が高ぶって、暴言を吐いたり暴力を振るう。 
などなど。 

 そんな子を、周りの友達が見たらどう感じるでしょうか。 

障害を持った子の周りには友達はいなくなるというのは必然と言えましょう。 
いくら、担任をはじめ大人が仲良くするように諭したとしても、 
周りの子達にとっては、自分が被害者ですから、距離を置こうとするのは、これも必然です。 

 ですが、障害を持つ子は、抑制が出来ないんです。我慢が出来ないんです。 
それは、意志が弱いとかそんなお説教的なことではなくて、脳の分泌液が足りないだけなんです。 
つまり、生まれつきなんです。 

目が大きいとか小さいとか、 
背が高いとか低いとか、 
おち○ち○が大きいとか小さいとか。 

それと一緒だと思ってください。 
たまたま、生まれてきた子の脳の分泌が足りないだけなんだと。 

 解決方法として、その子を支援できるのは、 

1 親がその事実を真正面から受け止めること。 
  つまり、学校から特別支援学級に入ることを提案されたら受け止める。 
  勿論、本人の意向を優先させてあげてください。みんなと一緒がいいというのなら、そうしてあげてください。 
  ただ、学級懇談などで、他の子の保護者の方に「こういう子なので…よろしくお願いします」と、 
  一言紹介しておくといいでしょう。そうすることで、周りの理解も得られます。 
2 病院でその脳の機能を補う薬を服用すること。 
  これは相当効きます。冷静な判断が出来るようになります。が、副作用もありますから要注意。 
  お医者さんと充分に相談してください。上手くいけば、通常学級でも全然OK! 
3 子どもが間違いを犯した場合、どうすれば良かったか考えさせたり、解決方法を教えたりすること。 
  これは大事です。突発的な感情で行動を起こしますから、こういう場合はこうすればいい、と。 
  手段を身につけさせるのは非常に効果的です。ただ、「我慢しよう」などと、曖昧な言葉で教えるのではなく、 
  「友達をたたきそうになったら、グッと手を握って5秒数えよう。」などと、 
  具体的にイメージできる言葉掛けをしていくことです。 
4 周りの子供達に、障害を持った子は、どんな力が足りなくてその力を補うために頑張っている、 
  それに協力して欲しいと伝えること。 
  「○○くんは、カッときたら思わず人をたたいてしまうことがあります。 
   でも、○○くんは、そんなとき、たたかないように一生懸命考えようと頑張っています。 
   もし、たたかれたら、先生に教えてください。先生と○○くんで、みんなともっと仲良くなれるには、 
   どうしたらいいか、もっともっと考えるから。よろしくね。」 

など。子ども社会は子ども達の中でしか築かれません。大人がいらない手を出すべきではないと考えています。 
上手に子供達を導くのです。それが指導というもの。怪我をしないようにということだけ、注意してあげましょう。 

 (ただ、発達障害というのは、ADHDに加えて知的が若干あるということなど、本当に幾通りもパターンがあるので、 
  その子に応じた支援が求められますね。) 


 診断が出ようが出まいが、その子はその子。 
その子に応じた、最善の支援を施すことが我々大人の務めですね。 

 子供達の幸せのため、一肌も二肌も脱いじゃいましょうよ♪

2017年3月22日 (水)

いいじゃん、別に。

■盗撮教諭の免職取り消し、停職6月に 静岡県人事委裁定 
(産経新聞 - 03月22日 15:28) 
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=133&from=diary&id=4489614 

 教師っていう職業は、一体何なのでしょうか。 

勉強を教えること?生徒の技能を高めること? 
だとしたら、盗撮して処分を受けても問題ないでしょう。 
ただの個人の嗜好の問題だから。 
仕事に対する意欲や力があれば問題ないわけです。 

 一方、雇う側から考えて見ましょう。雇用者は、自治体教委です。 

さて、こういう人物を信頼第一の学校の仕事に就かせたいと思うでしょうか。 
生徒もそんな先生に教えてもらいたいと思うでしょうか。 

 ここが焦点になるのでしょう。 

 私としては、再チャンスを与えてもいいと思っています。 
人間、人生で一度や二度は間違いを犯すこともありますよ。 
そこで本人が猛省して、二度と同じ過ちは繰り返さないと意思表示しているのならば。 

 日本社会の考えたい問題の一つとして、 
再挑戦しにくい労働環境にあるということが挙げられます。 

 日本人って、イメージって重要視しますよね?例えば、チロルチョコを盗んだとしますよ。 

その容疑者が、店のパートのおばちゃんだったり、無職の人だったりすると、 
報道される可能性が低いのですが、公務員だったり先生だったり、芸能人だったり 
スポーツ選手だったりすると、イメージが先立って報道、公表されるわけです。 

 メディア(テレビ・新聞・雑誌・ネット等)で叩かれるのです。 

つまり、職業によって差別されている…。そんなイメージなんです。 
犯罪は犯罪。どんな職でも関係ないはずです。 

 今回の場合は、盗撮が教職としてどのような影響を与えるか。 
盗撮された被害者との示談が成立してさえいれば、問題ないと思います。 

生徒の中には、自分の力を引き出してくれる先生であるのならば、 
問題視しない子もいるでしょう。 

 雇用者が、間違いを犯した人物のことを信じ、受け入れるならば、問題は無いのです。
ただ、2度目があれば、厳重に処分するべきですが。 

 どんな職業であれ、「これからは、肝に銘じて頑張る!」っていう人ならば、 
犯罪者、犯罪者と囃し立てないで、再スタートの出来る機会が得られる社会でありたいものですね。 

 しくじり先生、歓迎しませんか?

2017年3月21日 (火)

何を優先させるか。

ローマ字「ち」表記で児童混乱 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170321-00000044-mai-soci

 子どもの立場からすると、訓令式のほうが覚えやすい。 
 大人の立場からすると、ヘボン式のほうが実用的だと。 

ここで、求めたいのが、ローマ字を小3で学習するに当たってのめあて。 
学習するのは、小学3年生。 
英語を習っている子もいれば、疎い子もいる。つまり、ごちゃまぜ状態。 

 そんな中で、何を優先するかということ。 

私だったら、 
「ローマ字で言葉を書くことがおもしろいなぁ」 
「もっとローマ字で言葉を書いてみたい」 
と、子どもに思ってもらえるようにしたい。ローマ字に興味をもたせること。 

となれば、訓令式のほうが、小3には覚えやすいでしょう。 
規則的に子音と母音が並んでいるのですから、それを繰り返し覚えればいい。 

 そこへ、へんな意識を持った大人が、 
「いや、英語の学習もあるのだから、 
 ヘボン式を優先させないと!そっちのほうが実用的だ。 
 そもそも、"ti"なんて、「ち」じゃなくて「てぃ」だろ。」 
となると、英語嫌い予備軍を産み出すことになるわけ。 

たかが7~8歳の子どもだよ?国語さえ覚束ないのに。 
そんなん押し付けなくてもいいじゃん?? 

 まずは、訓令式を覚えさせて、意欲満々の児童を育てて、 
そのあとで、例えば、 
「"chi""fu"sha"などと書く方が、もっと英語に近付くよ。 
 福知くんは、ローマ字だったら"Fukuti"でOKだけど、 
 英語じゃぁ"Fukuchi"と書くことが多いんだ。 
 余裕のある人は、こういう書き方も覚えていこうね!」 
程度でいいのではないでしょうか。 

 押し付けでなく、気持ちよく楽しく学習できるようにしていくこと。 
それが、教師・大人の役割なのではないかと思います。

2017年3月20日 (月)

う~む。

「仕事が嫌だ」と感じたときのハッピー思考転換術 
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=78&from=diary&id=2312784 

そんなときこそ, 
「コノヤロウ!」だな! 

私にとっては, 
仕事が嫌,ではなく,「上司が嫌」!!! ってことになるのかな。
しかも,来年度も現状維持確定なカンジ。 

オレの失敗は,お前ら上司の失敗じゃ!! 

オレが失敗して,お前らに責任を執らせてやる!!! 
って開き直ってますよ(w) 
それで上司がクビになれば,退職金数千万円も消える♪ 

な~んて,妄想してます(ww) 

そう考えれば,嫌なことも嫌に感じませんよ(^^)ノ

どこまで冷静になれるか…がポイント

これでは逆効果!子どもを叱るときのNGフレーズ3個 
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=154&from=diary&id=2500657 

「~してくれると嬉しいな。」 

という言葉は,子供にはかなり有効な気がします。 
こうすると,人は喜んでくれるんだと認識できるわけですね。 

だけど, 

2:「いい加減にしなさい」→「今度同じことを言わせたら、○回目だから怒るよ」 
には,大反対。 

子供は,何度も同じ過ちを繰り返し,その過程から学ぶもの。 
しかも,「怒る」と「叱る」は違う。 
「怒る」のは,自分の感情論。「叱る」のは,諭すこと。 

「怒るな,叱れ。」 

これに尽きます。5回目でもできない子もいます。 
なぜできないのか,分析することも必要なのです。 

「叱る」と「怒る」は違います。 
そこを大人に理解しておいて欲しいですね。 

とはいえ,大人も人間ですから,イライラにも限界がありますけれど^^;

冷静に、冷静に。

感情的に「怒」らないよう,「叱り」たいものですね。

2017年3月19日 (日)

何を仰いますやら。

■強制はNG。子供の習い事は、本人が興味をなくしたら辞めてもOK 
(まぐまぐニュース!) 
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=240&from=diary&id=4415405 

 なぜこんな当たり前のことが記事になるんだろう。 
記事にした記者に金が入るのか… 
興味をなくしたら辞めてOKに決まってるでしょうに。 

 子供に何かをさせたければ,適切な動機付けが必要ですね。 
親が興味を持って取り組んでいることならば, 
必然的に子供も興味を持ちやってみたくなります。 

 ジムのプールへ水泳をしに通うお父さんならば,子供も興味を持つことでしょう。 

 野球好きのお父さんがテレビ中継を見ていると, 
 一緒に見ていた子供もやってみたいと思うこともあるでしょう。 

 ピアノが上手な親でしたら,子もピアノを弾いてみたくなるでしょう。 

 仲の良い友達がサッカーを習っていたら,自分もやってみたくなるでしょう。 

などなど,子ども自身で見聞きした経験を基に,やりたいことが生まれるわけです。 
もっと大きくなれば, 
必要を感じて,「塾に行きたい」という子もいるでしょう。 

 子供は自分できっかけをつかみます。 
子供から声があれば,その通りに機会を与えるといいでしょう。 

 ただ,自己で意思決定が出来ない年齢の乳幼児の次期から, 
親の意思で習い事をさせるというのはアリだと思います。 
思考回路が出来上がる前に,ルーティンワークとして刷り込むと, 
子供は興味を失うということは少なくなります。 
ただ,年齢が上がるにつれて,友達は遊んでいるのになぜ私だけ… 
という思いにならないように,励まし続けることが大事になりますよね。 

 今の時代…親のエゴで強制というのは, 
もしかして,虐待で訴えられるかもしれませんよ~!! 

 私は阿呆だったので,知らない間に硬筆・水泳・体操を習わされていました。 
ほとんど放課後遊べんがな!!と気付いたのは小6の2学期。 
友達と『悪魔城ドラキュラ』をして遊びたかったのに(ww 
水泳と体操のダブルヘッダーの時なんか, 
帰る時間,9時過ぎじゃったし! 

くっそぉ…親めぇ… 

まぁ,スクールに通う他の学校のやつらと友達になれて楽しかったからいいけど。 
自分でやりたい!と言ったのは,サッカーだけだったなぁ…orz 

高い受講料金を出してくれて,ありがとうございました…☆ 
親に感謝で~ス。

危険!

■「子どもの権利」拡大認めず 日本会議から広がる運動 
(朝日新聞デジタル) 
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4050226 

  
子どもに大人と同じ権利を与えてはならないことは,1990年に署名した時点で 
危ういと,未成年ながらに思った記憶がある。 

人間らしく生きる権利は,大人子ども関係なく守られるべき。 
だけど,明らかに反社会的行動をする子どもに対して, 
言葉だけでは躾けられない場合,ビンタの1発や2発,OKだと思う。 
廊下に立たせたりするのも然り。 

 大人と子どもの間に明らかな一線を引いてきた日本だからこその 
思い遣りや生真面目さが長年成り立っていたのではないか。 

 だが。欧米の諸国は,自分達の思想こそがスタンダードであると, 
傲慢にも東西問わず,アジア諸国に押し付けてきたわけだ。 

 男女平等,子どもは守られるべきであると。 

基本は正しいと思うのだが,その国はその国で古(いにしえ)から培われた 
思想や文化があるわけだから,ある程度は尊重すべきだ。 
イスラムにはイスラムの,仏には仏の,ヒンドゥにはヒンドゥの考え方があるのさ。 
男尊女卑であっても,その国が上手くいっているならOKだろう。 
逆にアフリカ某国の女尊男卑であってもだ。 

ソレなのに,何が何でもオマエらは間違ってる!…だなんて。 
今のアラブ諸国の混乱が物語っているわな。 

 日本は日本の子育て。 
父が叱り,母が父の思いを子に話し納得させる役割分担, 
父が外で母が内で働く,子がその背中を見る…。感謝の念を抱く。理想の大人像を抱く。

 子どもに大人と同じ刺身や肉を喰わせること自体,おかしいんじゃ! 
ジュース感覚でゴールデンタイムにチューハイを宣伝すること自体、

おかしいんじゃ,ぼけぇ!! 

…いやいや,失言。失礼。 

それはそれで,長年熟成されてきた各国スタンダードがあったわけだから, 
欧米の考えを100%取り入れる必要なんて全くないのさ。 


 なぁなぁ。

思い切って,久しぶりに鎖国しないか??ガラパゴス,結構じゃん。国連脱退。 
世界と喧嘩しようってわけじゃないけどさ, 
今こそ,人間的に逞しい古来の日本を取り戻したいね。